映画「シュガー・ラッシュ」ネタバレ感想レビュー【テーマ考察と解説】

ディズニー映画シュガー・ラッシュの感想です。

>【追記】シュガーラッシュオンラインの感想も書きました

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シュガー・ラッシュあらすじ

シュガー・ラッシュのあらすじはこちら。

アクションゲームの悪役キャラクターのラルフの願いは、みんなに愛されるヒーロー・キャラクターになること。ある日、ついにラルフは我慢ができなくなり、自分のゲームを飛び出してしまう。

迷い込んだのは、お菓子の国のレースゲーム“シュガー・ラッシュ”。そこでラルフが出会ったのは、不良プログラムであるためにレースに出場できない少女ヴァネロペだった。嫌われ者のラルフと、仲間はずれのヴァネロペ──孤独な2人は次第に友情の絆で結ばれていく。

彼は、“本当のヒーロー”になることができるのだろうか?

引用元:シュガー・ラッシュ

主人公ラルフがレースゲーム「シュガー・ラッシュ」を通じて、本当のヒーローになれるのか?というお話。

 

シュガー・ラッシュのオススメポイントと面白かった所まとめ

シュガー・ラッシュのオススメポイントと面白かった所まとめです

 

シュガー・ラッシュは80年台のゲームマニアにはたまらない

シュガー・ラッシュは、80年台のゲームマニアにはたまらない作品です。

ストリートファイターⅡとか、ドンキーコングとか、スーパーソニックとかとか。

悪人の集いには、ザンギエフとかクッパとか色々なキャラクタがいます。

そういったゲーム世界が元になっている本作はアラサー、アラフォーほいほいな作品です。

 

見た目は可愛い絵柄のディズニー映画なんですが中身は違いましたw 親子世代向けかな…。

あ、あと作品内のピコピコ音というか、ゲーム音もたまりません。

 

シュガー・ラッシュはゲーム世界のトイストーリーのような話

シュガー・ラッシュはゲーム世界のトイストーリーのような話です。

トイ・ストーリー同様に、ゲームセンターのゲームの中のキャラクタが実は生きているという設定。

で、彼らは良いやつもいれば悪いやつもいる(役割として)。

トイ・ストーリーでは、新しいヒーローと古いヒーローとの違い、つまり時代の変化を描いていました。

一方で、シュガー・ラッシュはトイ・ストーリーでは描かれなかった悪人側の哀愁が描かれます。

 

どう考えてもドンキーコングなラルフ

どう考えてもドンキーコングなラルフです。

ファミコンの「ドンキーコング」のゲームを模倣したオープニングから始まります。

 

でマリオ役なのは「フィックス・イット・フェリックスJr.」という人間キャラ。

青い帽子かぶっていますw

ってことで、どう考えても任天堂のあれこれにインスパイアされている設定。

 

いじめ描写と虐げられた者同士の友情

主人公ラルフと出会うもうひとりの主人公(ヒロイン)は「ヴァネロペ・フォン・シュウィーツ」という少女。

ヴァネロペは、他の人と違ってバグがあるため、周囲の少女たちにいじめられます。

この「いじめ描写」が割とリアル。今の子供達が観たくない画だと思います。

 

ラルフとヴァネロペ。

虐げられた者同士、シュガー・ラッシュという1つのゴールに向かって走り出します。

果たして二人に友情は生まれるのか?という物語です。

 

「悪」とレッテルを貼られたものの哀愁

「悪」とレッテルを貼られたものの哀愁が作品に漂います。

  • 「自分がたくさん破壊しても褒めてもらえないよ」
  • 「ヒーローなら毎日楽しいだろう」
  • 「俺は悪役それでいい、ヒーローになれないのは悪いことじゃない、今のままでいい」

という冒頭の台詞からそれが分かります。

 

で、この作品、正義と悪というテーマが裏側にありますね。

  • 何がヒーローか?
  • 悪とはなにか?
  • そもそも正義とは単独で存在するのか?

 

マーベルヒーローものに限らず、アメリカでは今「正義と悪をテーマにした映画」がたくさん作られています。

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シュガー・ラッシュのネタバレ感想

シュガー・ラッシュのネタバレ感想です。

悪がいなければ正義(というゲーム)は成り立たない

ラルフがいないせいで、フェリックスのゲームがそもそも成立しなくなりました。

クッパがピーチ姫をさらわなければ、マリオは冒険には出ません。

魔王が世界を滅ぼさなければ、ドラクエの勇者は旅には出ません。

 

同様に、悪がいなければ正義(というゲーム)は成り立ちません。

これって現実世界も同じで、なにかが良いものとして受け入れられる時、その裏には悪がいてしまうんですよね。

だから「悪が良い」という話ではないのですが、結局は2つの対立する者同士の別の見方だったりします。

そして、その「悪と正義」の2つは分離できない、同一のものだったりもするということも分かります。

 

一度壊れても回復できる友情

「一度壊れても回復できる友情」をしっかりと描いていましたね。

 

ヴァネロペの正体はプログラムの不具合だということが分かります。

キャンディ大王は言います。

ヴァネロペがレーサーとして選ばれると、ゲームをプレイする人間が「バグ」だと思ってしまう、と。

 

で、その言葉を信じて、ヴァネロペのレースを阻止するラルフ。

二人で作ったレーシングカーもボコボコに壊します。

ヴァネロペが作ってくれた「私のヒーロー」という勲章が切なかった…

 

その後、カートを直し、仲直りしてシュガー・ラッシュ(=マリオカートみたいなレース)に参加します。

二人の友情の象徴のカートをしっかりと直したのがポイントですね。

友情は回復するのです。

 

キャンディ大王の言葉から読み取る正義とは

キャンディ大王の言葉から読み取る正義とは?という話。

上で書きましたが、二人の友情の話というのが子供向けの表テーマです。

で、大人のための裏テーマは「正義とはなにか」って話。

 

キャンディ大王は『「ヴァネロペ」という1人を差別する(レースに出さない)ことは、大多数(ゲームの世界)のためだ』と断言します。

つまり正義のためには、一部の犠牲も仕方がないという考え方ですね。

 

ではそれだけが正義なのか?

違う正義もあるはずです。

「差別される少数の人を救うことこそ正義なのではないか?」という立場ですね。

 

正義とは、

  • とにかくすべてを救うことを目指す
  • 一部を犠牲にしてでも、全体がうまくいくことを目指す
  • 全体以前に、一部を犠牲にする事は許さない

という3つの立場があるのかな、と思います。

 

キャンディ大王の正体はターボ(伏線回収)

キャンディ大王の正体はターボでした。

  • 他のゲームに入り込んで撤去された「ターボタイム」の主人公ターボ
  • 別のゲームを乗っ取ることを「ターボする」と言う

冒頭でキャンディ大王だけがラルフのことを知っていたのは、30年前に「フィックス・イット・フェリックス」の右隣が「ターボ・タイム」だったからですね。

 

ゲームの世界のお菓子の国という舞台

ゲームの世界のお菓子の国という舞台は非常に良かったですね。

ディズニー映画はあくまでも子供向けですが、現実→アニメへの導入がお見事。

 

前半の、ゲーム世界描写は連れてきたお父さん・お母さん向けな感じがしますね。

「ゲームをやる人々の世界」から「ゲーム内の世界」に推移。

そして、その中で、前半の悪役が集まる会があります。

これって、麻薬やアルコール中毒者向けの「グループセミナー」ですよね(アメリカの文化かな?ブレイキング・バッドにも出てた)。

つまり、現実の大きな問題は、このゲーム世界の中のキャラクタの中にも起きているという描き方。

※感情移入を促す演出ですね

 

で、物語が進むに連れて、ヴァネロペをもうひとりの主人公にして、お菓子の国での冒険が繰り広げられます。

このお菓子の細かい描写が爽快。

何度も繰り返し扱われた現実感を感じる演出が「メントスにコーラを入れる」描写。

これも現実の「あるある」ですし、それが最後の救うためにメントスを大量にコーラに入れなきゃというシナリオに使うのも、遊び心満載で楽しい。

 

自分が自分であればいいという話。悪人という役割を認める

最後のラルフの台詞で見事にグッドエンドでした。

「俺は悪役。ヒーローになれないのは悪いことじゃない。だってあの子を助けることができるんだ」

 

悪人という役割を受け入れたラルフ。

周囲も「悪役」がいないとゲーム世界が成立しないことを認識し、関係も修復。

しかし大事なのはそこではありません。

 

多くの人にちやほやされ、人気になるのを望んでいたラルフ。

そんな彼は冒険の末、誰か1人(ヴァネロペ)にとっての特別な存在(ヒーロー)であればいい、ということに気づきました。

 

って感じで、子供向けだけどなかなか良かった映画です。

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