人生フルーツという良いドキュメンタリー映画を見ました。
老夫婦の生活、生涯を通じて「人生の豊かさ」とは何かを考えるきっかけとなりました。
東海テレビドキュメンタリー企画で作られた本作。
ミニシアターでロングランされています(まだDVD化はしていないかも)。
樹木希林さんのナレーションで語られる名言(台詞)が特徴的な作品でした。
風が吹けば、枯れ葉が落ちる。
枯れ葉が落ちれば、土が肥える。
土が肥えれば、果実が実る。
こつこつ、ゆっくり。
人生、フルーツ。
この二人の生活に寄り添う言葉↓
むかし、ある建築家が言いました。
家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない。
(ル・コルビュジエ)
台湾で夫が妻に言った言葉↓
彼女は僕にとって最高のガールフレンド
修一さんの信念を表す言葉↓
何でも自分でやってみると、見えてくることがある
ということで、作品の紹介をしていきますね。
目次
人生フルーツとは?あらすじとザックリ内容
人生フルーツのあらすじ(作品解説)を引用します。
愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンの一隅。雑木林に囲まれた一軒の平屋。それは建築家の津端修一さんが、師であるアントニン・レーモンドの自邸に倣って建てた家。四季折々、キッチンガーデンを彩る70種の野菜と50種の果実が、妻・英子さんの手で美味しいごちそうに変わります。刺繍や編み物から機織りまで、何でもこなす英子さん。ふたりは、たがいの名を「さん付け」で呼び合います。長年連れ添った夫婦の暮らしは、細やかな気遣いと工夫に満ちていました。そう、「家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない」とは、モダニズムの巨匠ル・コルビュジエの言葉です。
登場人物は二人。
- 東大卒、日本住宅公団のエース、大学教授などの経歴を持つ建築家の夫(津端修一さん)
- 愛知県半田市の老舗の造り酒屋の一人娘で、畑・料理・編み物などが趣味の妻(津端英子さん)
ザックリと内容を話すとこんな感じ(ネタバレあり)
- 二人はニュータウンの片隅でひっそりと暮らす
- 丁寧に日々を暮らす中、修一さんは急死してしまう(昼寝から目覚めなかった)
- 修一さんは死の直前、最後の建築をしていた
- 残された英子さんは一人暮らしていく
…とあらすじを書いたものの、この作品のキモは、物語の流れではありません。
庭作業をするその一瞬。
二人のやりとりと、ちょっとした機微。
丁寧に紡がれる暮らし。
その一つ一つの画が、二人の人生の豊かさを物語っています。
人生フルーツの感想「豊かさとは何か」
二人の生涯を映像で紹介しつつ、現在の暮らしを見せる本作品。
私はまだアラサーですが、人生の縮図を見た気がします。
お金、仕事、友人関係、娯楽…多くの欲望と恐怖に支配される日々。
そんな中、人生を長い目で見たときに、大事なものってなんだっけかな?と考えなおすキッカケになりました。
言い方を変えると「人生にとっての豊かさ」とは何か?
その答えの一つが、この映画の中にあります。
時間と愛情をかけて育てた「半径3メートルの幸せ」
二人の暮らしを見て、こんな風になりたいなと思ったところがたくさんありました。
- 地位も名誉も捨てて、自分で50年もかけて実験をする姿
- 求められればすぐに仕事をできる、プロフェッショナルな姿
- 出会う人全てに自分の言葉(看板、手紙)を丁寧に伝える姿
- 信用している人から物を買い続ける姿(コンビニで買ったことはない)
- パートナーと適度な距離を保ちつつ、互いを尊重し合う姿
半径3メートルの幸せ。
自分の体、パートナーとの関係、おうちと庭、生活圏内の人間関係。
それらが、色とりどりの果実のように時間をかけて熟し、宝石のように一つ一つ輝いている。
お金をかけて、買った売ったで手に入るものではない。
着実に、ゆっくりと、時間と愛情をかけて育ててきたもの。
本当に得るべきは、そういうものなのかもしれません。
シンプルライフ、スローライフのさきがけ的な暮らし
ここ数年ではやっているシンプルライフ、スローライフ、自給自足、DIY。
そのさきがけ的な暮らしを二人は50年近く行っています。
形だけの田舎暮らしではない。
- 「自分のことを自分でやる」
- 「手間ひまかけて、コツコツ、ゆっくりと環境を変えていく」
こういった精神が垣間見えました。
自分の家の障子を自分で張り替えるという「内側」のこと。
禿山をランドマークに蘇らせたいとしてドングリを植えた「外側」のこと。
ともすれば、「他の人に任せればいい」と思うようなことですが、そういったものに丁寧に向き合っていました。
また、英子さんが作る料理も、丹精込めた手作りでした。
自分たちで作った野菜や果実、行きつけの魚屋さんから買った魚。
そういったものを作り、食べ、時にはおすそわけする。
冷蔵庫の中の自作のジャム、スープなどの量からは、愛情を感じました。
人生フルーツの裏側(インタビュー)
人生フルーツの裏側(インタビュー)から気になるところを抜粋しました。
人生フルーツの映画監督の伏原さんが取材させてもらえるまで、たいへんな時間がかかったのだとか。
※劇中でも取材をハッキリとした口調で断っている姿ありましたよね(もう90ですので、自分の時間を大切にしたい、と)
人づきあいが苦手だった津端さん。取材をされることも好まず、この映画の取材依頼も当初は完全シャットアウト。4カ月も粘った末に、やっと受けてもらえたのだそうです。
それは雑誌などで見る“ニコニコしたかわいらしいおじいさん”という姿とは異なり、ちょっと気難しくて、意外と鋭くて、変なところもあって、けっこう頑固で、でもとても知的なおじいさん。そんな色んな面を持った津端さんに人間としてのかわいらしさを見つけ、それを描きたかったのだと伏原監督はいいます。
そして、こんなことも。
取材が大嫌いな津端さん。けれど折に触れてメディアの取材を受けてきたのは、自分からは何も言わないけれど、そこに伝えたいものがあったからなのだろう。そして自分も何かを伝えてくれそうだと期待されたからこそ、取材を受けてもらえたはずだ、と。その撮影は2年間、延べ100日にも及んだそうです。
また、映画があれだけ「日常」にフォーカスした作品になったのは、修一さんの「日常を積み重ねろ」という言葉があったからだそうです。
イベントを撮ろうとするな、日常を積み重ねろ。イベントは撮っても結局使えないぞと言っていた。
「人生フルーツ ある建築家と 雑木林のものがたり」の舞台を訪ねて 堀川 とんこう | 読む・楽しむ | HBF 公益財団法人放送文化基金
津端英子さんの「その後」(人生フルーツの本)
津端英子さんに関する本が何冊かあります。
この映画が好きな方なら絶対に気に入るはず(劇場で売っている場合もありますよー)
つばた家の暮らし、レシピが載っています。
修一さんとのツーショット写真もあります。
一人になり、時が止まった英子さん。
彼女の時を動かしたのは修一さんの「何でも自分で」の言葉。
以上、人生フルーツを見て、人生の豊かさとは何かを考えたというお話でした。