「やっぱり友だちはいらない」は押井守さんの「友だちはいらない」という本の新装版です。
発売から数年経って「やっぱり俺の主張は間違えていなかった」ということで「やっぱり」とタイトルについています。
本書は
- 友達は絶対に重要という主張が、生き苦しいなと思う人
- パトレイバーやイノセンスなどを手がけた押井守イズムが好きな人
が読むと救われる内容です。
「人間関係は面倒くさい」とか「人間は3つの顔があって生きていける」など面白い発言がたくさんありました。
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目次
押井守「やっぱり友だちはいらない」とはどんな本か
押井守「やっぱり友だちはいらない」の概要です。
押井守「やっぱり友だちはいらない」の概要
本書あらすじから引用。
“友だちはいいものだ”誰もがそう言います。SNSでもリアルでも「友だち」が重要視されるいまは「友だちの時代」とも言えるかもしれません。そんな時代に、「友だちは必要ない」と語る、異才・押井守監督による“本当に大切な人間関係は何か”を改めて問う一冊です。ロングセラー『友だちはいらない。』に新たな2章を加えた増補版。
引用元:やっぱり友だちはいらない
押井さんが語る
- 「本当に大切な人間関係とは?」
- 「友達の定義とは?」
という話です。
押井さんの話す内容は、初見の人には「とっつきにくい」です。
しかし慣れてくると、その思考の深さとユニークさに徐々に魅了され、癖になっていきます。
押井守とは誰?
押井守さんは日本の映画監督です。
近年の代表作はパトレイバー、スカイ・クロラなど。
映画監督以外にも、以下のような肩書があります。多才です。
- アニメーション演出家
- 小説家
- 脚本家
- 漫画原作者
- 劇作家
- ゲームクリエイター
- 東京大学大学院特任教授
押井守「やっぱり友だちはいらない」の書評感想
押井守さんの「やっぱり友だちはいらない」の書評感想です。
人間関係は面倒くさい
押井さんは「人間関係は、仕事より面倒くさい」と言います。
人間関係については以下のように持論を語ります。
- 人間関係はストレスとの闘いである
- 闘いであるがゆえ、徹底的にラクチンをするべき
- ラクチンするためには、可能な限り多くの選択肢を留保すること
とのこと。
少年ジャンプが売れたのは現実には存在しない「夢」だから
「友達なんて幻想に過ぎない」と押井さんは断言します。
その幻想の片棒を担いだのが「少年ジャンプ」でした。
ジャンプがあんなに売れたのは「友情・努力・勝利」の中に、現実には存在しない虚構の産物である「友情」を入れたから、みんなが追い求めたから、と言います。
ジャンプが普及したため「友情や友達は存在する」と若者は思い込んでしまいました。
その結果、若者の多くは友だちがいないといって悩み、心を病むものまででてきてしまった…と指摘しています。
元来「友情」は幻想で、
- 友達は作れなくて当たり前
- 友達がいないと言って悩む必要はまったくない。
- 友達はいないのが普通
というのが押井さんの主張です。
3つの顔があってこそ人間は生きていける
人間は自分の所属する世界を欲する生き物です。
自分が何者なのか社会的に承認されないと、「世界中が敵になり、人は一瞬にして獣になる」ようです。
そのため、以下の3つの顔があってこそ人は存在できると言います。
- 社会性を意味する「共同幻想」
- 家族や血縁の「対幻想」
- 自分自身を表す「自己幻想」
別の言い方をすれば「自分が自分に下す評価と、社会が自分に与える評価、これが一致すれば人は生きていける」のです。
押井守と創作に関する話
押井守さんといえば、創作に関する話がとにかく面白いです。
本書でも友情の話の合間に、「創作や映画」に関する話が語られますが、いちいち刺激的です。
※しばし、人間関係以外の話になります。
走れメロスは友情の話ではない
走れメロスは「友情」の話ではない…という観察眼が面白かったです。
あれは「契約の話であり、約束の話」だと。
ふたりの関係を友達同士にしたことで面白さは半減している。
両者を赤の他人にすれば、より強い葛藤「赤の他人のために命をかけられるのか?」が生まれて、文学として面白さが出てくる、と語ります。
ただ、友情にしたからこそ、すぐに忘れられず、作品として残ったとも言います。
もしも肉親や血縁なら「宿命」となり、「(親)孝行小説」になる。
あるいは、恋人を助ける話なら、俗っぽい「恋愛小説」になる。
ということで、「親」「恋人」「友人」「他人」という距離感の中で、太宰治は「友人」という距離を選んだのかもしれません。
フィクションが語られ、映画が生まれ、音楽が作られる
「フィクションが語られ、映画が生まれ、音楽が作られる」
それらは何をしているかというと、世間の常識を補強しています。
例えば、「愛」という言葉。
日本では「愛(恋愛)」の歴史はかれこれ100年程度で、江戸時代には「愛してる」なんて言葉すら存在していなかった。
※代わりにあったのは「惚れた腫れた」
愛も友達と同じく根拠のない幻想です。
それゆえ、愛に関しても、友情と同じように「フィクションが語られ、映画が生まれ、音楽が作られる」とのこと。
才能とは飽きなかったこと
「才能というのは飽きなかったこと」という言葉もサラッと語られます。
以下、「やっぱり友達はいらない」より引用。
才能というのは、飽きなかったことなんだよ。映画の仕事をするためには、どんな才能が必要なのかとは、よく尋ねられることなんだけれど、その答えのひとつは”飽きないこと”。飽きさえしなければ、どんなにひどい作品を作ってもめげないし、くじけることもない。ずっと続けられる。続けることが重要だから。
監督は決して定職じゃない
押井さんは自身をフリーランスの人間で、パートタイム監督&パートタイム小説家だと称します。
そして「監督は決して定職じゃない」と語ります。
詩人や画家と同じで、誰でも名刺に書けるけど、認められることはまた別の話だと。
一本でもそれなりの映画を撮れたら、名刺に監督と刷り込んで、「新作の準備中です」と世間に対して顔向けできる。
「それだけで拠り所になることは確か」だと。
押井守の結論「自分が自分として生きること」
話が創作の話に飛びましたが、「友達」についての話しに戻ります。
押井守さんの結論は「友達について悩まず、自分が自分として生きることが重要」だと私は理解しました。
友達について悩む人は、視点を変える必要があります。
- 視点を変えるには、優先順位を立てること
- 優先順位を立てるには、順番通りに考えること
ということで、順番通りに考えましょう~という話です。
人生という大上段から考えると、
- 自分の人生を生きることがもっとも重要
- その次に誰かと何かを共有することが大事
- その中でも順番があり、頼られたいのか、頼りたいのかなどで選択肢が変わる
という順番ですね。
いちばん大事なのは「自分の時間を生きることが重要」という価値観をしっかりと持つこと。
この価値観が定まっていないと、とりあえずつるんで、一時的な安心感を得て終わり…になってしまうのです。
ということで、「友達が必要!」という感情からスタートせずに、自分の人生・時間を生きるにはどうすればいいか?から今一度考えてみると良いのではないでしょうか。
以上、『押井守「やっぱり友だちはいらない」の感想。友達に悩まず自分の人生を生きろ』というお話でした。
下手に自己啓発書を読むよりも、こういう血肉の通った言葉を読むのがオススメですよ。
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